鯖棒亭日乗(下)

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宮型霊柩車が絶滅の危機

宮型霊柩車

荷台に屋根が付き金箔や装飾などで豪華に飾った霊柩車である

子供の頃は霊柩車を見かけたら親指を隠せとか言われてた気がするが

あれは多分死を穢れとする神道からの影響なんだろうな

あとは黒猫も不吉だとか言われていてクロネコヤマトの宅急便を見かけた時にはみんなで親指を隠していた

今から思えばなんて失礼なことをと思うが

なにぶん子供のやることなので御勘弁願いたい

そんな宮型霊柩車だが近年では派手な葬送が敬遠されるようになったり

葬儀場や火葬場周辺の住民に配慮して宮型霊柩車は火葬場への出入りが禁止されてるところもあるという

そう言われれば最近はシンプルなワゴンタイプばかり見かける気がする

昔のような豪華な宮型はあまり見かけない

そしてついに大正9年創業の宮型の「元祖」と言われる大阪市鶴見区の霊柩車製造会社「セガワ」が、裁判所から破産手続きの開始決定を受けたのだ

セガワは業界では霊柩車製造の草分け的な存在だったと言う

原因としては霊柩車単価が下落と受注減少

少子高齢化で葬儀場は次から次へと建設されて火葬場も足りない状況なのに霊柩車製造だけは減少してたんだな

全国霊柩自動車協会(全霊協)によると昨年の4月時点での全国の霊柩車の数は約5000台で洋型とバン型が約8割で宮型は全体の1割たった650台だと言う

ちなみに平成12年が宮型のピークで約2500台あったそうだが、徐々に数を減らして平成21年には洋型を下回ったそうだ

料金体系は距離10キロで2万円から5万円だがこの料金も減少傾向だと言う

やはりデフレの世の中なんだろうな

葬儀屋業界は儲かってるイメージがあるが昔に比べると料金も厳しくなってるみたいである。そのうちトラックタイプの激安霊柩車も登場するのかもしれないな

そしてなんと既に平成16年には全国150カ所以上の火葬場で宮型霊柩車の入場が規制されていたというのだ

知らなかった・・・

しかし人間誰も皆死ぬんだし

死んだら忌み嫌う物のように扱われるのってなんか悲しいな

日本人なんて普段から適当にしか拝まない無宗教者ばかりなのに

こんな時だけ神道ぶって死者を嫌うなんて

大昔は当然のことながら霊柩車なんて存在すらしてなくて地域の人が担いで運んだそうだ

霊柩車が登場した時も当時の人達は遺体を車で運ぶことに対して抵抗があったという

確かにそうかもしれないな

大事に扱っていた死者の体を車でがたごとと揺られながら運ぶんだからな

俺も何回も棺桶は担いでるけど棺桶はかなり重い

あれを運ぶのはかなり大変だったと思う

アパートなんかだとドアから棺桶が出せないから台所のサッシを外して外に出したのだがあの時ほどキツかったことは無かった

部屋が狭いので大人数で担げない

そのうえ絶対にぶつけたりしないように大事に運ばなければならないのだ

昔の人はやはり凄いやと改めて思うのであった

だがそこは煩悩の多い人間だ

やがて楽が出来る霊柩車が一般的になりせめて車を豪華にしようと言うことで宮型霊柩車が作られるようになったという

しかし近年では自宅での葬儀が減り葬儀場での葬式が一般的だ

そして葬儀場から火葬場までのルートは通行止めにならない限りは同じな訳で

毎日毎日何回も宮型霊柩車が行き交うのを近隣の住民が「死を連想して不吉だ」と嫌い始めたのだ

そのためになるべく霊柩車に見えないタイプのシンプルな作りの車が増えることになった

そして宮型霊柩車製造の会社は倒産した

 

そのうち宮型霊柩車をしらない世代も増えてくるのだろう

たった100年ほどの文化だったが

個人的には宮型霊柩車は大好きで興味津々で見ていただけに残念である

しかし何故死者を嫌うのか?

俺にはその意味がわからない

死んでも人は人なのである

 

しかしその一方でアジアの仏教国では日本の宮型霊柩車が脚光を浴びているという

モンゴルなどでは「走る寺」と歓迎されているというのだ

死者を盛大に弔う国民性と見事に一致したのが宮型霊柩車だったのだ

同じ仏教国でも嫌われる国と喜ばれる国がある

これは日本の仏教神道と結びつき独特な変化をして来たためであろうが

葬式自体は別にやる必要は無いと俺は思う

もともの修行中のお坊さんが死んだ場合にのみ行なわれていた行事だし

今はまだ世間体があるので葬式を行う人が多いがそのうち激減するであろう

そうなったときに日本の小さなお寺って維持して行けるのだろうか?

奈良時代から日本の仏教は権力に欲を出して来たが明治政府が仏教に止めを刺したのが痛いよなぁ

妻帯OKになりやがて肉も魚も美味しく頂く

俺のほうが確実に禁欲生活してるのであった