鯖棒亭日乗(下)

日常の記録写真と駄文  sababoutei@gmail.com

2019年 奈良と京都の旅 06

2019年 奈良と京都の旅06

二日目の朝

9時45分ぐらいだろうか

俺はバスの降車ボタンを押した

バスは無事バス停に停車

650円を支払い俺はバスから降りた

他の乗客の人も降りるのかと思ったが忍辱山のバス停で降りたのは俺一人だった

f:id:sababou:20190113082049j:plain

一応帰りのバスの時間は調べてあるが念のためにチェックする

帰りのバスは12時5分

「時間はたっぷりあるな」

「それにしても・・・」

予想以上のバス停付近の風景に俺は少し戸惑っていた

民家はある

目の前には幼稚園もある

そして生活雑貨など扱う小さな酒屋もある

しかしそれだけなのだ

カップヌードルの自販機・・・

これが全てを物語っているような気がした

「あとは・・何もない・・・」と

奈良の中心地からたった30分でこんな里山になるとは

しかし俄然と旅の気分が湧いてきた俺である

これこそが旅の面白さでもある

幸い自販機だけは各メーカー大量にある

それでも俺は常に水1本と最低限の食料を持ち歩くことにしている

仏像鑑賞ではこういったことは多々ある

今日のおやつは「5種のフルーツとくるみのパウンドケーキ」と年末の葬式でいただいてきた羊羹である

「羊羹はよう噛んで食べな」

俺は自分が発した言葉で赤面した

「さて、どうしたものか」

俺はてっきり看板が出ていると思っていた

「国宝 運慶 大日如来

しかし周りを見渡したところそれらしきものは何もない

当然人もいない

お寺は確かバス停のすぐ近く

本堂や多宝塔が見えてもいいものだが・・・

可能性があるのが木が生い茂ってる一体

そこに小さな門が一つある

俺はとりあえずその門の中を覗いてみた

大きな池泉回遊式庭園がある

これはお寺に違いない

しかし円成寺との表記がどこにもない

多分ここで間違いない

そしてこの門は裏門だ

俺は正式な山門を探した

f:id:sababou:20190113082536j:plain

 

苔むした歩道を歩く

俺の頭みたいにツルツル滑りそうな気がする

俺はペンギンみたいにヨチヨチと歩いた

すると遠くに小さな看板が見えてきた

「あれだな。間違いない」

俺の野生の感がそう確信した

とは言っても俺は野生には生きていない

f:id:sababou:20190113083921j:plain

とうちゃこ

「ん〜ここまで来ても看板はないんだな」

なんて商売気のないお寺なんだ

しかし良い佇まいだ

隣にあるのはネットでちらっとみた和食屋

リーズナブルな値段でちゃんとした料理を提供してくれるみたいだ

俺は想像だけで観光地にしてはまともな店なんだなと思ってたが

ここに来て納得した

奈良の観光協会がいくらオススメしようが一般の観光客はここには来ない

そして遠路はるばるバスで来るやつも少ないだろう

それだけに運慶という名前の上であぐらをかくような商売では成り立たないからだ

帰りに寄ろう

俺は頭の中で今日の予定を組んだ

拝観は1時間15分

45分で食事と酒

完璧だ

俺は早速アイフォンXのカレンダーに予定を仕込んだ

バスに乗り遅れないようにリマインダーも仕込んだ

完璧だ

今の俺には全く隙がない

頭髪はスカスカだがな

俺はお寺の中へと踏み込んだ

すると突然現れる先ほどチラ見した池泉回遊式庭園

中央に島が見える

「あ、あれは中島」

決してカツオのお友達ではない

中島とは蓬莱神仙島を表している

つまりここは浄土式庭園

となるとご本尊は阿弥陀如来

すっかり頭の中が大日如来だった俺は意外な事実に気づく

「ちょ、待てよ」

ここは真言宗御室派

いわゆる空海さんをルーツとする密教

そのために空海がデザインしたと言われている多宝塔があり密教最高仏の大日如来が祀られている

しかしご本尊は阿弥陀様で浄土式庭園を完備

「ん〜あの空前の浄土ブームの時なのかな?」

高野山にもその頃の名残が見られるしな

 

f:id:sababou:20190113084630j:plain

浄土式庭園は平安時代から鎌倉時代にかけて作られた

一番有名なのがあの宇治平等院

名前の通り極楽浄土を再現した庭園である

極楽浄土

この場合は阿弥陀如来がお住まいになる西方浄土となるのだが

いわゆる日本人が天国と思ってる場所がこの西方浄土なのである

日本人でもキリスト教イスラム教なら天国へ行けるのだろうが仏教徒が死後に目指すべき場所はこの極楽浄土こと西方浄土なのだ

「運慶と極楽浄土の旅」

これは今回俺が決めた旅のテーマである

まさにここが旅の軸

完璧だな俺

俺は一人ニヤニヤした

「それにしても庭があると言うことは知っていたがまさか浄土式庭園とは」

思いがけない浄土式庭園に俺は再び旅の面白さを実感していた

「やはり初めてのお寺は調べすぎないほうがいいな」

おそらく昔は中島と結ぶ橋がかけらていたはず

そして楼門から見えるお堂の中に阿弥陀様がお住まいになられている

まさに極楽浄土だな

俺は池の周りを巡り山門を目指した

途中でトイレを発見

綺麗なトイレだ

最近は山寺でもトイレが綺麗なのでありがたい

そして拝観料を支払わなくてもトイレを拝借できるのもありがたい

なんせ何もないからな

しかし人工物が見えないこの風景

「極楽感、半端ない」

「いいお寺だ」

f:id:sababou:20190113090720j:plain

入り口付近にお寺の国宝十分関係を記した看板がひっそりと設置してある

「春日堂、白山堂も国宝なんだな」

俺は御朱印帳を預けて拝観料と御朱印代をまとめて支払った

お寺の人から一通り説明を受ける

どうやら以前は多宝塔に大日如来が祀られてたそうだが例の運慶展の時に東京芸大だかが当時の姿を再現した完全レプリカを作ったようで

多宝塔だといろいろ雨風の影響も受けるということで多宝塔にはそのレプリカを安置

新たに国宝「大日如来」のお住まいを新築されたそうだ

「まずは本堂だな」

ここでいきなり運慶の大日如来を見にいくのは素人である

お寺に来たら一番最初に挨拶に行くべき場所は本堂であり御本尊である

そしてその時に帽子をかぶっていれば脱帽

こんな当たり前のことを現代では誰もしない

お寺によってはちゃんと注意書きがされているのに

前日の興福寺東大寺でも俺以外誰も脱帽はしなかった

ただ一人俺だけがハゲ頭を晒したのみである

f:id:sababou:20190113091759j:plain

f:id:sababou:20190113091846j:plain

これが本堂

重文である

時代は室町

寝殿造り風なところが特徴だ

入母屋で妻入り

つまり屋根の三角の部分が正面に来ている

これはお寺では珍しい造りだという

そういえば神社系だな

とにかく阿弥陀様にご挨拶だ

「おん あみりた ていせい からうん」を3回唱える

阿弥陀様の真言

ついでに時間もタップリあるので般若心経も唱える

俺はしばしご本尊の阿弥陀如来と対面した

「な、なんて優しいお顔なんだ」

やはり極楽浄土へと導いてくださる阿弥陀様はお優しい感じがひしひしと伝わってくる

阿弥陀様も重文だ

御生れは平安時代

慶派登場以前の定番様式

定朝様式

ふっくらしたお顔とお姿に癒される

とてもいいお顔だ

そしてお寺のパンフレットの表紙にもなっている光背が見事である

「すごい光り出してんなぁ」

俺はのんびりと拝観した

四方には四天王がこの阿弥陀様を仏敵から守っている

とても心強い四天王

彼らの活躍で極楽浄土も安泰というわけである

まるでSPだな

そして彼らも重文だ

その他は南無仏太子も重文だ

いわゆる2歳の時の聖徳太子のお姿

さすが聖徳太子

若干2歳にて今年で48歳になろうかという俺よりも凛々しいお姿である

俺はのんびりと本堂内を拝観

再び阿弥陀様にご挨拶をして本堂を後にした

 

本堂の外に出て国宝でもある春日堂と白山堂を見ることにする

いきなり極楽浄土で迎え入れられた円成寺だが

春日、白山と神社系との結びつきは真言宗のお寺だと思い出させてくれる

小さな看板がお堂の上に置いてある

どうやらここは拝殿

「すると、これか」

小さな社が二つ並んでいる

二つとも姿形は同じである

これが国宝「春日堂と白山堂」

これが何故国宝なのか?

なんと日本で現存する最古の春日造の社殿なんだそうだ

しかもあの春日大社の旧社殿を譲り受けてきたもの

「すごいな」

「まさかこんな山の中に残ってるとは」

これなら文句なしで国宝である

そしてもう一つの疑問が

何故「堂」?

普通ならこれらは神社なので「社」となるはず

それがお寺に使われるお堂となっている

本来は春日社、白山社だったと思われる

それが明治の廃仏毀釈の時の取り壊しから免れるためだと言われているそうだ

日本は明治から昭和にかけて古いものを壊しまくってきたからな

おかげで観光資源が乏しい

ただ残っていても日本人は関心がないのもあるな

東大寺ですらみんな国宝に無関心

ある意味感心するぐらい無関心でスルーしてくからな

すごいよあの光景は

一体お前ら何しに奈良へきてんだ?って感じだ

要するに鹿と戯れればそれでいいのだろう

大仏だけ見て「でかいな」と思えばそれでいいのだろう

そしてみんな大仏に手をあわせることもしないのである

まさに観光寺

これでいいのか東大寺

清水寺なんかも同じだな

でも名前を社から堂に変えたところで明らかに社殿なんだよな

そんなんでお役人を騙せたのだろうか?

とにかくよく残ってくれたよ

 

そして護摩堂で不動明王へご挨拶

宇賀神さんへもご挨拶

一通り参拝を済ませた俺は

いよいよ多宝塔だ

多宝塔は真言宗ならではの円形の美しい塔

 

f:id:sababou:20190113090956j:plain

 

デザイン by 空海

かつてこの中に国宝でもある運慶のデビュー作の大日如来がお住まいになられていたのだ

今は精好なレプリカが置いてある

侘び寂び大好き日本人

俺も大好きだ

しかし仏像が作られた当初のお姿を見られるのも素晴らしい

最初はみんな金ピカでカラフルなのだ

俺はしばし見とれた

「これが運慶が生きた時代のお姿なのか・・・」

黄金に輝くお姿

やはり密教根本仏

これはいいもの作ってもらったな

そして運慶展後に訪れてよかった

以前は近くで拝観できなかったそうだ

俺はレプリカの大日如来を心ゆくまで眺めた

なんせ今日は俺しか拝観者がいないからだ

 

そして俺はついに運慶のデビュー作へ

場所は相應殿と言われる受付のすぐ裏に当たる

まだできたばかりの非常に綺麗な建物だ

ここが新たな人生を歩み始めた大日如来の新居

いわば第2の人生だな

国宝には国宝の苦労がある

果たしてこの大日如来が望んだことなのだろうか?

本当はいつまでも多宝塔で暮らしていたかったんじゃないのだろうか?

生涯現役

しかし場所は変われど大日如来はちゃんと大日如来で宇宙の真理としてそこに一人静かに座っておられたのだった

長い年月で金箔は剝がれ落ち黒い漆が現れている

これが侘び寂びだといえばそれまでだが

「こんなになるまで我々を守ってくださったんだな」

「そしてこれからも」

こんなに大事にしてもらえるなんて運慶さんも本望だろうな

なんせ天才仏師運慶のデビュー作

大仏師「康慶」を父に持ち

自らも仏師の道へと進んだ第一歩

思い入れもひときわだろう

尊敬する兄弟子快慶とともにいいライバル関係であったのかもしれない

結果として慶派2代目は父を超えた天才であった

よくありがちな2代目はバカ息子ではなかったのだ

この世の命あるもの全ては大日如来から生まれた

動物も虫も植物も

全ては大日如来の子供

あなたも私も大日如来から生まれた

すごいな

人類みな兄弟どころか動物も植物もみな兄弟なのだ

毎日葬式に法事

大変だろうな

俺なんか蚊を殺した時にものすごい罪悪感に包まれるからな

「しまった・・大日如来の子供を・・この手で殺めてしまった・・・」

そんな大日如来

やはりかっこいい

如来でありながら宝冠を装着

円成寺大日如来金剛界大日如来

よって智拳印を結んでいる

半目に開いた目からは玉眼が光る

俺は中腰で大日如来を見た

「うわぁ生きてるよ・・・」

思わず後ずさりして真言を唱えた

「おん あびら うんけん ばざら だと ばん」

やはり中腰がベスト鑑賞ポジション

座るとガラス板が邪魔だし

立つと見下ろす形になるので失礼なような気がする

やはり中腰である

俺は中腰で鑑賞した

しかしいい姿勢だな

やや後ろに反ってるんだよな

「これまでの定朝様式を変えてやるぜ!」って気合が感じられる

やっちゃえ運慶

ここから始まる慶派全盛期

よく残ってくれたよ

よく守ってくださった

ありがとうございます

 

30分ぐらいだろうか

俺は運慶デビュー作の国宝大日如来を独り占め

この新しい相應殿には運慶本を始めとする仏像の本がいっぱい置いてある

床には座布団

大日如来の前に休憩室が作られているのだ

これはありがたい

なんせこんな自分では買えないぐらいに高価な代物

俺はゆっくりと本を読ませていただいた

そしてふと振り向けばそこに運慶

振り向けば運慶なのだ

「な、なんて贅沢な・・・」

俺は今ものすごい贅沢な体験をしている

約一時間近く運慶と同じ空間に二人きりなのだ

監視カメラで監視されてるとは思うが

もしこの場にいるのが悪意のある人間だったらと思うと

心配な面もある

それでもこうやって直ぐ近くで素晴らしい大日如来を見せてくれるのは非常にありがたい

運慶大全

運慶大全

 

 ちなみに俺が読んだ本はこれ

値段なんとアマゾンで64800円

さすがに買えない

しかし内容は凄い、凄すぎる

マジで欲しくなるぐらい運慶運慶

そして振り返れば運慶なのだ

俺はいつものように帰るタイミングが掴めなくなる

本当に素晴らしい仏像を前にすると帰れなくなる

俺もいつかこんな世界に・・・

精進だな

日々精進

俺の目標は即身成仏

生きたまま仏になるのだ

どうせ俺は孤独死な運命

「うわぁ 腐ってるよ・・・」なんて言われながら

市が適当に葬るだけ

その前に自ら成仏してやろうと言う計画なのだ

精進

精進

日々精進

 

バスの時間まで45分

俺は食事のためにお寺を出ることを決心

御朱印帳を引き取り

お寺を後にした

 

「また来ます。必ず」

 

俺は深々と頭を下げた

 

 

f:id:sababou:20190113114506j:plain

これが阿弥陀様から見えてる風景

f:id:sababou:20190113114542j:plain

護摩

不動明王の住まい

ここで護摩を焚き祈祷される

f:id:sababou:20190113114659j:plain

f:id:sababou:20190113114716j:plain

楼門

これも重文だ

f:id:sababou:20190113114801j:plain

中島

かつてはここに赤い橋がかけられて真っ直ぐ楼門へとたどり着けた

f:id:sababou:20190113114910j:plain

f:id:sababou:20190113114919j:plain

池は凍りついている

f:id:sababou:20190113114947j:plain

極楽浄土

紅葉の季節は綺麗だろうな

 

f:id:sababou:20190113115040j:plain

そして俺はランチのためにお寺の隣にあった店へ

「ん?」

「ちょ、待てよ」

「うわぁ」

「休みかよ・・・」

俺は途方にくれた

 

 

すでにお寺を後にした俺

再びお寺に戻ることはできない

仕方がないのでバス停を目指す

その前にトイレだな

まぁいい

あのカップヌードルの自販機で食べるのもこれまた旅だろう

すると俺の目に飛び込んできたのが

お食事処の文字

そうなのだバス停前の店が食堂として営業していてるのだ

とても昭和チックな店

懐かしいな

俺はこういった店が大好きである

迷うことなく俺は店の扉を開けた

f:id:sababou:20190113121236j:plain

メニューを見る

「迷うな、どれも食べたい」

特にこういった店は親子丼など卵とじ系が美味い

近年のフワトロ系ではなくしっかり閉じてあるからだ

俺は迷った

日替わり定食も気になるが・・・

俺は焼きそば大好きだ

「焼きそばとおでんというのもアリだな」

「定食もあるぞ!」

俺は焼きそば定食が大好きだ

ビバ炭水化物

俺は焼きそば定食とビールを注文した

f:id:sababou:20190113121612j:plain

「美味いなぁ」

f:id:sababou:20190113121647j:plain

エアコンじゃなくストーブで暖房

これがまたいい

昔はこういった店ばかりだったよな

寅さん気分で俺はビールを飲んだ

f:id:sababou:20190113121810j:plain

焼きそば定食 650円
ビールが600円

安いな

地元なら毎週食べに来たいぐらいだ

やがて常連のお客さんがやってきて一気に店は賑やかになる

王道の焼きそば

ソースはウスター系だろうな

東海地方より薄味だが美味い

近年の焼きそばブーム

高級な生麺を茹でて作ってるが

あれはダメだ

ラーメン同様焼きそばを高級化してはダメだ

焼きそばというものはスーパーで売ってるやや高級な蒸し麺で作るのが一番美味い

俺も色々試した

当然生麺も細いの太いの数種類茹でて焼きそばを作ったし

店でも食べた

それでも結局一番美味いのは普通の喫茶店やこういった大衆食堂のなんでもない焼きそばなのだ

焼きそばは麺を高級化すればするほど不味くなるのだ

よく屋台の焼きそばも美味いと称されることが多いが

俺は屋台の焼きそばを美味いと思ったことはない

あれは雰囲気で騙されている

「しかし美味いなぁ」

「これだよ、これでいいんだよ、焼きそばって奴は」

味噌汁も美味いぞ

関西だな

白味噌が優しい

決して志る幸みたいな洗練された味噌汁ではないが

なんかホッとする味噌汁である

昨日は1万円オーバーの会席を食べた俺だが

650円の焼きそば定食

最高に美味い

 

 

「ごちそうさま」

 

 

俺は10分前に店を出た

再びお寺のトイレを拝借してバス停へ戻る

f:id:sababou:20190113123218j:plain

時間通りにバスは来た

俺はバスに飛び乗り近鉄奈良駅へと戻ったのだった

 

 

 

07へ続く