鯖棒亭日乗(下)

日常の記録写真と駄文  sababoutei@gmail.com

世界遺産「薬師寺」のトップがホステスと不倫

薬師寺

いわゆる南都七大寺の一つ

興福寺と同じ法相宗大本山である

南都七大寺奈良時代に朝廷から保護を受けた特別なお寺

興福寺東大寺西大寺薬師寺元興寺、大安寺、法隆寺

ビックネームが立ち並ぶレアルマドリードのようなお寺たち

その一角を占めるのが薬師寺

俺も今年の正月に行こうか迷ってたお寺でもあるが結局はいかなかった

今から思えば正解だったわけだ

俺の拝観料やお賽銭がホステスとの豪遊に使われかねないからだ

あくまで俺はお寺の維持のため薬師さんのためにお金を払いたいのだ

薬師寺が属する法相宗

これは南都六宗の一つ

華厳宗東大寺南都六宗の一つだがこれらは檀家は持たない

大学みたいな一面もあり仏教の教理の研究を中止に学んでいたそうだ

勉強勉強

それが南都六宗法相宗なのだ

檀家を持たないので葬式などの収入はなく現代では主に観光での収入となる

いわゆる観光寺

奈良の大きなお寺はほとんどが観光寺になってしまっているのが現実かもしれない

東大寺なんかも仏教の教えを無視していかにして観光客を捌くかの方に重点を置いていたりする

空海さんも高野山奥の院で嘆いていることであろう

かつて空海東大寺のトップも勤めていたのだ

そんな学術系宗派の薬師寺

そのトップでもある高僧のひとが不倫をしていたというのだ

仏教には不邪婬という教えがある

いわゆる戒律のひとつ

不道徳な性行為の禁止、不倫はダメってことだな

SEX は愛する人、ただ一人と交わりなさいってこと

しかし人間は煩悩の塊である

いくら仏道に入り修行しようが完全に煩悩は消せない

それは大きなお寺のトップでも同じこと

薬師寺の頂点にまで登詰めれば大金も自由に使えることだろう

ホステスの務める店では毎回7〜8万は使って豪遊していたという

客が店で豪遊する理由

それは下心がすべてである

こんなに投資してるんだから一回ぐらい

できれば2回、3回と不邪婬をしたいと思ってしまうのだ

不倫相手のホステスとは10年以上の知り合い

不倫関係となったのは薬師寺のトップになる1年前だという

ホステスの人が京都、大阪への旅行を計画中という情報を入手

「これはチャンスだ」とでも思ったのだろう

「私が案内しますよ」と紳士な態度で申し出たはずだったが・・・

その中身は

「早く臨時のボーイフレンドか恋人になれるよう勝手に思って……」

「ちなみにホテルは混んでいて一部屋確保してます、いやでなければ人畜無害の私と一緒で」

などとメールを送っていたと言う

もう不倫する気満々

お坊さんだから人畜無害とでも言いたいのだろうがそれなら2部屋確保出来ないのなら女性だけホテルに泊めて自分はコネを使いどこかのお寺に泊めて貰えばいいのだ

「何にもしないから、少し休憩していこうか」なんて言ってラブホテルに入り何もしない奴はほとんどいない

それはお坊さんであっても同じことである

それにしても71歳で

元気すぎるというか

SEXもちゃんとできるところがすごい

毎日毎日仏教漬けの日々

仏像とも毎日対面

それでも煩悩を消すどころか逆に増幅してるのではないだろうか?

一般の71歳は不倫するほど元気はないだろう

すでに不倫以外のものを人生に求め始める年齢である

東京別院での法話に合わせて上京して二人はお互いの体を求め合ったのだ

「愛人とか不倫とかそういう風に思ったことは一度もない」とホステスは語るが

それなら枕営業なのだろうか?

どちらにしろ不邪婬には違いない

 

結局日本人の仏教離れを促進してるのはお坊さん自身

いい加減妻帯も禁止にしたらどうだろう?

一度知った快楽は永遠に忘れらないだろう

この恵まれた現代では無理だ

もちろん宗派により妻帯OKなところはそれでいい

大いに飲んで食べて抱きしめるのだ

見た目は自分の女房でも中身は観音様の化身である

まぁこういった便利な考え方を知っちゃったんだろうな

自分で自分に暗示をかける

相手は女性に化けた観音様なのだと

やはり理趣経のように性的な欲望を仏道の探求力として変換することができれば最強なんだろうな

世界一助平な日本人の性的欲求を仏欲に変えてしまう

それはもう素晴らしい境地の悟りを開くことであろう

おそらく人生のほとんどを仏教とともに歩んできただろう

それでも煩悩は消せない

体の中で若い頃からくすぶり続け70歳になり一気に燃え広がったのかもしれない

たとえそこに愛があったとしても出家者である以上は許されないのだ

 

仏教は面白い

知れば知るほど面白い

お釈迦様や空海などすごくいいことを言ってくださっている

俺は特別お寺にお布施したりするわけではないが

自分で勉強しては自分なりに教えを実践しているつもりだ

仏教を学べば人に優しくなれる

完璧な人間などどこにもいない

誰にでも長所もあり短所もある

それは自分も同じこと

そうやって人を理解していけば自然と腹は立たなくなる

そして我々は地球で暮らしている

それは動物や魚や昆虫に植物も同じこと

人間だけの地球ではないのだ

人間だけでは地球では生きていけない

動物、植物、みんなの力が必要なのだ

しかし人間はやたらと大きな顔をする

無駄に知恵があるからだ

自分たちが食べるために動物を製造して消費する

植物も同じこと

しかしその時、ほとんどの人は自分が食べている肉や魚や野菜のことなど気にかけない

しかも不味いとか文句までつける始末である

他の生物の命を食べておきながら文句を言う

どれだけ人間という者は自分勝手で愚かな生き物なのだろうか

確かにこの世界は食物連鎖で成り立っている

そして我々人間には知能がある

その知能で考えるのだ

命の重みを

命の尊さを

 

何らかの命を食べなければ我々は生きてはいけない

命に感謝して食べること

「ありがとう」「いただきます」

それが仏教であると俺は思うのだ

 

 

菊リンが死んだ

ビーバップハイスクール、立花商業の番長

菊永淳一

当時でさえひと昔前の風貌のおっさんキャラ

顔は怖いが純情でお茶目

卑怯な喧嘩をやらせたら日本一

扇子で仰ぎながらガニ股で歩く姿は永遠に忘れない

菊永淳一役の石井博康さん51歳

あまりも早すぎる死だ

菊リン役はハマリ役

まさに菊リンだった

ご冥福をお祈りします

 

 


ビーバップハイスクール!やっぱ菊りんはこの人でしょ!